転移性がん
昨年末に病院の看板犬ちゃめに『原発巣不明の転移性がん』が見つかった。
先ず右肩のリンパ節が腫れ、病理検査で『転移性がん』と診断された。
次にがん専門病院でCT検査を行ったが、『原発巣』は見つからなかった。
獣医師として仕事をしていれば、がんは身近な存在であり、一般のご家族より衝撃や悲痛は少なかったと思う。
とは言え、この『原発巣不明の転移性がん』は珍しいケースであり、我が犬の事ながら戸惑った。
2013年に海外の論文でイヌにおける原発巣不明の転移性がんが報告されている。
生存期間中央値は30日(1〜882日以上)であり、最終的に原発巣が見つかったのは1頭だけであった。
回顧的な研究であるが頭数も少なく、疑われる原発巣も様々であり、ちゃめの治療や予後の評価としては難しいと感じた。
因みにヒトでの有病率はがん患者全体の3〜5%で、1年以上の生存率は25%以下と言われている。
この『転移性がん』は根治(治すこと)は出来ない。
基本的にはがんの進行を抑える、がんによる症状を和らげる(緩和)治療になる。
ちゃめは分子標的薬の内服治療を始めて2ヶ月経つ。
副作用は全く無く、今は食欲もあり、普通に元気なイヌにしか見えない。
生の延長線上に死があり、それは自然な事であると日々感じている。
ちゃめの気持ちを尊重し、なるべく今迄と同じように笑顔で接していきたい。
犬と暮らせば
以前に動物園でオオカミを見た。私には大きな「犬」に見えた。
『犬 その進化 行動 人との関係』(ジェームス・サーペル編)によると、まだ議論の余地はあるようだが、どうやら犬の祖先はオオカミらしい。
ミトコンドリアDNAを調べたデータからは、オオカミは犬種の1つに入るとも言えるようだ。
野生の肉食獣だったオオカミは、人間社会の一員として、外貌や行動の多様な変化を遂げて「犬」になった。
1万年前のイスラエルの遺跡から、老人が仔犬の胸に手を置いた墓も発掘されている。
この老人は仔犬と同じ墓に入りたいと願うほどに深い愛情を感じていたのだろう。
犬への愛情は、然るべき愛情であれば、人の健康や心理的、社会的に良い効果が報告されている。
安らぎを得て癒される、生命を尊重していたわる気持ちが育つ、規律正しい生活になる、運動不足の解消、人との交流が深まる、等々。
だが残念な事に、最近ではむしろ眉をひそめたくなる様な愛情も見聞きする。
犬に依存的で、心理的な距離が近過ぎ、犬との同一化(犬の擬人化)が強くなっている愛情である。
犬へのしつけも甘く、不適切な給餌をしがちであり、他者から否定的な反応を招きやすい。
結果的に犬は病気になりやすく、またご近所に迷惑をかけたり、ご家族と犬が幸せになっていない事もある。
犬と暮らせば、人間は犬から多くの恩恵を得ることが出来る。
しかし人間は犬に何を与えているだろうか。犬は人間ではなく、「犬」である。
せめて犬の良き理解者となり、「犬」として尊重したいものである。
猫の来院ストレスを軽減するために
先月から猫専用の待合室を準備した。
知らない場所で聞いた事の無い音や、嗅いだことの無い臭い等で、ご家族が一緒にいてもパニックになることがある。
動物病院に来る猫のためにできることは、以下の通り。
犬の飼主様には待合室が狭くなりご迷惑をおかけしますが、何卒ご了承下さい。 |
|
予防できる腫瘍
6ヶ月齢頃の不妊手術については、
「どうして病気でもない私の犬猫を手術しなければならないの?」
「お金も掛かるし」と言う声を聞く。
「ウチの子は病気にはならない」と思っている方もいらっしゃる。
しかし、もし飼い主が不妊手術についての正しい知識を持っていれば、その答えは明白であり、その利点と欠点を天秤にかけて、迷わず手術を選ぶだろう。
当院における犬の腫瘍について、外科手術後の病理検査結果をまとめた。
そして以下の様な結果が得られた。
不妊手術で予防できる腫瘍が半数を超えていると言える。
「残念ですが、あなたのワンちゃんは腫瘍です」と言われると、一般の方はどのように合理化して受け入れるのだろう。
「運が悪かった、、、」「これも寿命だよね、、、」「ガン家系だから、、、」。
しかし現実には、「不妊手術をしていないから」が多いのである。
ホリエモンこと堀江貴文氏が著書『むだ死にしない技術』にて、無駄死にとは「予防できる手段があるにもかかわらず、何の手も打たずに病気にかかって命を落としてしまうこと」と述べている。
「むだ死に」というタイトルの善し悪しはさておき、この本に対する医療従事者の反応は良いらしい。
命に関する正しい知識を得ることを面倒臭がらず、将来の発病リスクが高く予防できる病気があるなら、人も犬猫もそれは予防してあげるべきだと思う。
臨床獣医師の心の荷物
病気の動物を診察すると、軽重の差はあれどその病気が治るまでは心の荷物になる。
毎日嘔吐している猫、発作をおこした犬、お腹の中に癌が見つかり手術をする犬。
それぞれの動物にはご家族(飼い主)がいる。間近に居なくとも、折に触れて思い出す。
ご家族や動物に共感しやすい獣医師ならば、荷物が増えてくると重くて歩けなくなるかも知れない。
荷物を下ろす、または軽くするために私が思う事は、先ず勉強し続ける事だ。
正しく診断し正しく治療すれば、多くの荷物は直ぐに下ろせる。
日進月歩の獣医学では、常に新しい知識が要求される。プロとしての覚悟が求められる。
次に、個人の知識や技術に限界があることを理解する事である。
自分が出来ないことをするべきではない。専門医と連携し状況に応じては紹介した方が良い。
そして最後に、戦う根性と正しい経験が必要だ。これはどんな仕事でも同じだろう。
戦う根性がなければ長くは続かない。正しい経験を積めば大きな自信になる。
余談だが、頭の悪い政治家が臨床獣医師に対して理解のない発言をした。
「獣医学部の質が落ちている」と。私の身近にも日々努力されている先生方がたくさん居られる。
当事者を蚊帳の外に置いて、根拠の無い不用意な発言で獣医師の信用を貶めるとは。
日々現場で戦う獣医師の、余計な心の荷物を増やさないで欲しい。
簡単ではない荷物を軽くする努力を偉そうに並べてみたが、今でも私は迷いながら戦っている。
きっとずっと荷物を積んだり下ろしたりしながら、隠居するまでは歩き続けるのだろう。
心の荷物を下ろすときに「有難う」と言って貰えることがある。それは歩く力になる。
悲しい放し飼い
黒い中型の雑種犬がリードも着けずに近所をウロウロ歩いていた。
おそらく以前に当院を受診したことがある犬ではないかと思う。
飼い主が犬を放し飼いにするので何度も注意していたのだが、数年前から来院しなくなっていた。
以前から見かけていて危ないなと思っていたのだが、その日は飼い主が小型犬を抱きながら一緒に歩いていた。
「○○ちゃーん、こっちよー」と言いながら放し飼いの犬を呼んでいた。
その犬は唸りながら私が散歩中の犬に近寄ってきたが、気がそれたのか暫くして離れていった。
そしてその後、近所の家の庭にも侵入していった、、、。
犬が苦手な人もいる。
歩行者や車の運転者にも迷惑をかける。
排泄物放置の問題もある。
放し飼いの結果、他犬との咬傷や交通事故で来院する犬もいる。
子供や年配の方が放し飼いの犬に吠えられて、怪我をした事件もある。
放し飼いの犬がご近所トラブルを起こし、殺処分される事もある。
犬に罪はない。
それでも犬は処分を受ける可能性がある。
悲しい放し飼いである。
北岳
登山は、僧の修行でもあると聞いた。
なるほど、あまりに雄大な景色を前にすれば、自分の小ささを知り、欲や驕りを捨てるには良いかと思った。
心も体も、健康でありたいものだ。
可哀想?
霊長類を研究する学者が、人間と他の動物との違いを以下の様に説明していた。
「人間は過去と現在を比べて、より良くありたいと思う動物である」と。
だから過去の自分と比べて、喜んだり悲しんだりする。
以前より白髪が増えた、歩けなくなった、目が見えなくなった、、悲しい、、、可哀想。
だが「人間以外の動物にこの感情は無い。過去、現在、未来を意識して生活していない」のだそうだ。
確かに私の知る身体が不自由になってしまった犬猫たちは、そうでは無い犬猫と同じように明るい表情で生活している。
痛みなどを管理できれば、手足が不自由でもその表情に悲壮感は無い。
ただし飼い主が可哀想なものを見る表情でその動物を見れば、その表情を読み取って悲しい気持ちになるかも知れない。
人間の意図や感情を理解する能力は高いのである。
可哀想の価値観は人それぞれだが、例えば車イスを装着して明るく生活している犬とその飼い主に対して、「可哀想ですね」などと声をかける人がいたら、思慮が浅く配慮にも欠けるのではないかと、私は思う。
車イスで元気に走る犬を見ると、この犬は愛されているのだな、と私は微笑ましい気持ちになる。
竜の血
竜の血が感染症を治す、というファンタジーな研究成果が発表された。 竜(コモドドラゴン)の血液から抗菌作用のある物質が見つかったのである。
細菌感染症は昔から人類を苦しめていた。 ペスト、結核、破傷風、、、。 人類と、耐性化した細菌との戦いは今も続いている。 この戦いに勝利するのはどちらなのか。
あぁそう言えば、抗菌薬のコンプライアンス(投薬遵守)が守られないと耐性菌が出現しやすくなり、感染症の治癒率も50%にまで下がる報告もある。 投薬する人間の、浅い知識と弱い心が本当の敵なのかも知れない。
竜の血が人類を助ける。 感染症と戦い、時には人間の弱い心とも戦い、この冒険はまだまだ続きそうだ。 リアルなロールプレイングゲームである。 |
診察室の椅子
衛生的で機能的、そして少しだけおしゃれ。そういう病院でありたいと思っている。 そういう職場の方が、私はモチベーションが上がり、良い仕事ができる(気がする)。
診察室の椅子が劣化していたので、新しく買い換えた。 病院カラーを選べたので、イームズチェアを採用した。 待合室のイスと統一され、座り心地も良く満足している。
このおしゃれな椅子を眺めていると、開発者であるイームズさんに感謝の念が湧いてくる。
今まで頑張ってくれた椅子は名残惜しく自宅へ。 諸行無常なり。
飼い主様にも座り心地の良さを感じて頂ければ幸いである。 キャリーバッグを乗せるには不安定で、落下の可能性があるので気をつけて頂きたい。 |