雑草を観察して
今年もナガミヒナゲシの季節がやってきた。 日々観察し、開花を待っている。
昨年に種を沢山落としていたせいか、今年は葉の量が多く、何だか少し図々しいようにも感じる。 よく観察すると犬猫の陰嚢のような(笑)膨らみが出てきた。
「朝から晩までおんなじ場所に通っていると、ある日そういうお宝をくれる」 『雑草のくらし』や『たんぽぽ』で知られる絵本作家・甲斐信枝さんが、NHKドキュメンタリーでそのように語っておられた。 身近な自然から生命の感動を貰える。 生きとし生けるものは、植物でさえも意志を持っている。 雑草と呼ばれる植物もよくよく観察していると、私ですらそれを感じることが出来る。
動物も植物も同じ生き物。じっくり観察してその意志に、声なき声に耳を傾けていきたい。
|
出せ〜
ケージから出せー、ニャー! 遊べー、ニャー! ご飯よこせー、ニャー!
ニャー!!
ごめん、今忙しいから、、、。
アナタ達ちょっと声大きいですよ。 、、、睨まないで下さい。
|
傾向と偏見の間に
「男性医師より女性医師の方が腕がいい」ことを示唆する論文が米医師会雑誌に載り、話題になっている。
男性と女性は身体のつくりも脳(考え方)も違う。これは科学的にも証明される「傾向」である。
性別の違いから仕事の能力を比較したとしても、根拠のある論文を「偏見」とは言えない。
「傾向」を知ることは学問や仕事において重要である。
例えば接客業ではお客様をタイピングする事でスムーズなコミュニケーションを図っている。
60歳以上で定年退職後のご夫婦にはゆっくりと話をして質の高いものをご提案する、30〜40歳の子供のいるご家庭は忙しいので話は短くリーズナブルなものを、等々。
時間的余裕や経済力を、年齢や家族構成から「傾向」としてタイピングしているのである。
しかし一歩間違えれば、「傾向」はレッテルを貼っただけの決めつけや「偏見」になり得る。
お客様を性別や年齢、職種、服装などの外見からレッテルを貼れば、必ず不快感を与える「偏見」になり得るのだ。
動物病院の仕事も接客業である。(医療を提供しているので譲れない部分も多々あるのが難しいところだが、これはまた別の話。)
お客様(動物のご家族)の立場になったつもりで色々とご提案したはずが、不快感を与えてしまう可能性もある。個人の価値観や経験などによって感じ方が変わるその間に、明確な線を引いて分けることは難しい。
「傾向」と「偏見」の間をさまよう獣医師として、非礼があればこの場をかりて謝罪したい。
君の名は。
「前前前世から僕は君を探しはじめた」訳ではないが、故あって仲間が増えた。
スライムを仲間にするとスラリンなので、 このベルツノガエルをベルリンと呼ぶことにした。
大きな口でよく食べるので、ちまたではパックマンとも呼ばれている。
スタッフも好きなように呼んでいる。 ベル吉(ひろしのシャツに張り付いたど根性ガエルから?)、 ひむこ(お笑い芸人のキャラクター?)、等々。
15年くらい前に地元中学校で教育実習をさせて頂いた。 理科の授業で、テーマはカエルの観察。 君の名は未定だが、今は獣医師として君を観察し、また共に生きてみようと思う。
|
重たい『を』
先日、衝撃の事実を知った。個人的には今年度最大の衝撃だった。
2008年の北京五輪100m、ウサイン・ボルトの走りと同じくらいの衝撃だった。
子供の宿題について話している時に家内が、「そこは重たい『を』でしょ。」と言った。
私は意味が分からず「重たい『を』って何?」と聞くと、
「普通の『お』と、重たい『を』だよ。」と家内は、そんな事も知らないの、という顔で言った。
「いやいやいやいやそれは無い、聞いた事ない、初めて聞いた。」
「じゃあ『お』と『を』を何て言葉で説明するの?」
「そりゃあ、あいうえおの『お』と、わをんの『を』だろう。」
「ふーん、それも言うわねぇ」
不安になる私。(心の声:38年生きてきて、『を』が重たいとは知らなかったぞ、有名な話なのか?)
結局、調べてみると方言みたいなもので、羽生出身者は重たい『を』を知っていた。
むしろ学校の先生が子供に「『を』は重たい『を』です。」と教えていた・・・。
名作『砂の器』の様に、方言や言葉の違いから推理小説1本書いてしまうくらいの能力があればと思うのだが、この衝撃を伝える文才すら無い(ボルトの走りに例えるしか無い)私には、今はこれが精一杯。
老衰?病気?〜猫の慢性腎不全〜
私の飼っている猫が慢性腎不全になった。
食欲が落ち、痩せて、飲水量が増えていたので血液検査、尿検査、腹部超音波検査をおこなって診断した。
「いよいよ来たか」という感じである。
本当にたくさんの猫を慢性腎不全と診断し、看取ってきた。
猫は高齢になると、先ず腎機能が低下することが多い動物である。
慢性腎不全の症状は、一般的な質問として「年だからですか?」と聞かれる。答えは「はい」。
私自身も、「他の病気をせずに、長生きしたからこその病気だな」と、受け入れている。
ご家族に「うちの子は寿命(=老衰?)ですか?病気ですか?」と聞かれると、少し答えに詰まる。
老衰とは、加齢により細胞や複数の組織(脳、心臓、肺、胃腸、肝臓、腎臓、筋肉など)の機能が低下してくる事である。
ヒトの老衰死の定義はそもそも曖昧な様だが、平均寿命を越えているかどうかも1つの目安らしい。
慢性腎不全と診断している時点で、病気である。これだけで老衰(死)とするのか。
難しいのは、診断してから亡くなるまでが、猫に因って大分違う、という事である。
数週間で進行する猫もいれば、数年後も元気、という猫もいる。
そして進行の程度を予測することは、現在の獣医学では難しい。
治療の目標は『腎不全の進行を遅らせて、快適な生活を維持する』という緩和治療になる。
他に持病が無く、治療によって良い生活が維持できれば寿命と諦める必要は無いと考えている。
私自身だったら、医者に「寿命です」と諦められ、匙を投げられたくはない。
富士山
頂上から見た日の出。
神々しかった。
下山は砂走りコース。
ひんやりする雲の中を、ひたすらに続く砂原を、ただただ歩く。
夢の中のような、映画のワンシーンに使えそうな、そんな別世界。
きっとずっと変わらない景色。
何歳まで登れるだろうか。
ちゃめの小さな誕生会
7月が誕生月のちゃめを祝おうと、スタッフのNが犬用ケーキを用意してくれた。
診察が終わった夜に、スタッフでハッピバースデーを歌いながら小さな誕生会をした。
ハッピバースデー、ちゃーめー♪
上の写真の通りに、ケーキを噛まずに丸呑みしたちゃめを見てスタッフは大笑い。
ちゃめの表情もキラキラしていた。
おめでとう、ちゃめ。
仔猫を救うには知識と理解の共有
先日のとある紙面に、「子猫 救うには」という記事があった。
春は猫の繁殖シーズンで、当院にも保護された仔猫が何頭も来院する。
2014年度には日本全国で「赤ちゃん猫」が47,043匹も殺処分されている(成猫は32,702匹・環境省調べ)。
仔猫だけで、毎日128匹以上が殺処分されているという事になる。
この事実から目を背けて、人は本当に幸せにはなれるのだろうか。
命は大切だと、誰もが知っている。
でも知識が無いと、その命を大切にできなくなってしまう。
では何故、殺処分される仔猫がいるのだろうか?
その理由の1つは、『外出する親猫が不妊手術されていない』。
言い換えれば、『不妊手術していない外出する親猫にご飯を与えている人がいる』。
ご飯を与えるだけの方は必ずと言っていい程に、「かわいそうだから」と言う。
不妊手術は「かわいそうな手術」では無い。痛みやストレスの少ない手術である。
「ご飯をあげないことがかわいそう」だと思うのであれば、その先にある生後すぐに殺処分される命のことを考えて、ご飯を与える前に不妊手術をするべきである。
もう1つの理由は『適切に飼うことのできない人が無理に世話をしている』。
動物1匹にかける時間、空間、金額を考えれば誰でも限界がある。
仔猫を保護した、ワクチンや不妊手術はできないけどご飯だけなら、、、という飼い方ではご近所に迷惑をかけることになるだろう。
最期まで適切に飼う、又は責任を持って里親を探す自信がなければ、保護しないという選択肢を検討してもらいたい。
適切に飼える方が保護するチャンスを、飼えない方が奪ってはいけない。
今回は少し長くなってしまったが、誰も望んでいない殺処分を減らすために行政やボランティア、企業、動物病院関係者など多くの方が活動している。
その活動を知って頂き、知識が広がり、殺処分がゼロになることを願っている。
もし私が犬を飼うなら
里親募集の行政またはボランティアから飼うだろう。
今までも雑種犬を飼っているので、また雑種犬を選ぶと思う。
もし血統書付きの犬が欲しくなったら(ならないと思うが)、私はブリーダーから飼うだろう。
ブリーダーと言っても、営利目的に繁殖する人からは飼わない。
犬種としての特性を知り、外観や性格、能力など目的をもって繁殖している人から飼う。
おそらくドッグショーに行き、気に入る犬、熱心なブリーダーを探すだろう。
そして親犬を見れば、仔犬から飼っても成犬になった時の性格、大きさ等が予想できる。
良いブリーダーの条件は、以下の様に言われている。
①清潔な環境で飼育をしている。当たり前である。
②1〜2犬種のみを扱っている。多数の犬種のエキスパートになるのは無理な筈だ。
③老犬がいる。長くその犬種を見ているか、愛情を持って世話しているか、の判断材料である。
ペットショップから飼うことは一生無い。
7週齢(人間だと2〜3歳)くらいに親兄弟から離されてショップに来ている仔犬は、成犬になったときの問題行動を起こしやすい。
親犬も見られないので、性格も予想できない。
10年以上を共に過ごすパートナーである。自分に合う犬を慎重に選ぶだろう。